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日本語明細書の添削/リライトに思うこと

1 添削/リライト
 「添削」とは、すでにある文章を良くする作業の一つです。その添削作業は、文章の中の誤りや不明確な部分を正したり、分かりやすい表現にすること、あるいは、誤りや不明確な部分を削除したりすること、を含みます。誤りや不明確な部分は、通常、文章の全体にわたることはなく、部分的なものです。とすると、「添削」は、文章を部分的に直すことになります。それに対し、「リライト」は、文章の形態やスタイルを全体的に書き直すことです。全体的に書き直すという点からすれば、日本語明細書を英文明細書に翻訳する作業は、リライトの一つと捉えることができます。

2 特許における添削/リライト
 特許の世界に入り、日本語明細書の作成を学ぶとき、作成した原稿について、先輩による添削/リライトを受けることが通例です。添削/リライトに対する先輩の考え方は、二通りあると思います。一つは、文章表現を重視する考え方であり、もう一つは、書くべき対象の発明の把握を重視する考え方です。かつては、前者の考え方が主流でしたが、今では、後者の考え方が主流になっていると思います。
 初心者が作成した原稿には、部分的な書き直しということは少なく、ほとんどの場合、全面的な書き直しになります。そこには、部分的な添削はなく、全面的なリライトがあるだけです。

3 添削/リライトの留意事項
 添削/リライトは文章を良くし、読みやすくします。添削/リライト後の文章は、添削/リライト前の文章と別物のすぐれたものになります。添削/リライトは、文章の読み手に良い結果を生みます。その点は、基本的に、特許における日本語明細書においても同様です。
 しかし、特許における添削/リライトについては、一つだけ留意すべき事項があります。添削/リライトにより、新規事項(いわゆるニューマター)を入れないことです。新規事項とは、添削/リライト前の文章に記載がない事項です。当初の出願時点で記載のない事項を、後の添削/リライトの時点で追加することを認めれば、特許における先願主義の原則が崩れてしまうからです。新規事項の違反は、出願に対し拒絶理由、特許に対し無効理由を生むことになります。
 特許制度の土俵に上げるための出願明細書の添削/リライトの場合とは異なり、ひとたび特許制度という土俵に上がった日本語明細書の添削/リライトについては、新規事項を入れないということに留意すべきです。たとえば、出願中の日本語明細書を補正する者、あるいは、優先権主張を伴う外国出願のために、第1国の日本語明細書を英文に翻訳する翻訳者は、新規事項とは何かについて理解することが必要です。

4 新規事項とは何か
 新規事項を考えるために、模式的な図を示します。この図を参照しながら、新規事項自体の意味、新規事項を加えないという意味、そして、新規事項が特許自体に影響を与えることなどについて考えたいと思います。

 日本語明細書のもともとの記載事項を青の楕円で示します。この少し太い青色のもともとの記載事項は、直接的な記載事項(太い青の区域内)のほか、直接的には記載がないが、その直接的な記載事項から、自明な事項(太い青の外側で細い青の内側部分)を潜在的に含むと解されます。文章の読み手は、直接記載された行ごとの文章のほかに、直接的には記載されない行間を読みます。文章がもつ本来的な意味からすれば、自明な事項を含むという捉え方は妥当です。
 しかし、日本の特許審査において、新規事項の捉え方は当初には異質でした。直接的に記載した事項だけが、「(当初からの)記載事項」であり、直接的に記載のない自明な事項は、「記載事項」とは認められませんでした。極端な場合、もともとの記載の中に使用されていない語句を加える書き換えが認められないほどでした。そのような「直接的な記載があるか否か」という特許庁の判断基準に対し、裁判所は、記載内容を実質的に判断する、「内容勘案」の判断がなされました。同じ事項について、人が異なれば表現も異なることが通例です。人には個性があるからです。翻訳を考えれば当然のことです。以上の点について、「ニューマター関連の裁判例から学ぶ」、平成14年度特許委員会第1部会、パテント2003 Vol.56 No.1 が参考になります。

 さて、「記載事項」には、もともとの(直接的な)記載事項(青の楕円)のほか、その周縁の(記載事項から)自明な事項を含みます。「記載事項」のうち、目に見えるものはもともとの記載事項です。そのような添削/リライト前の記載事項に対し、添削/リライト後の内容は、赤の楕円で示すように、少し異なることでしょう。添削/リライト前後の内容には、添削/リライトで減った事項と、添削/リライトで増えた事項があるか否かの違いを生じます。

 新規事項の多くは、添削/リライトで増えた事項が問題になります。この添削/リライトで増えた事項が、もともとの記載事項の周縁の自明事項の中に入らないとき、増えた事項は新規事項と判断されます。増えた事項が周縁の自明事項の中に入るときには、新規事項とはなりません。新規事項の判断は、読み手である当業者が判断します。当業者は、増えた事項だけに注目することなく、もともとの記載事項の全体の内容、さらにはその技術分野の一般的な知識に基づいて、新規事項か否かを実質的に判断することになります。

 以上のことから、日本語明細書を添削/リライトする者(特許実務者、特許翻訳者など)は、明細書を作成する力、翻訳をする力をつけるだけでなく、新規事項か否かを判断する力を身につけることも必要である、という考え方もあります。

 特許の争いは、事項の解釈にあります。新規事項は事項の一つであるため、特許の争いで問題になると思います。それだけに、発明を特定するためにどのような事項を用いた表現をするか、添削/リライトでどのような事項を用いた表現をするか、はきわめて大切な思索テーマである、と考えます。

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