知財実務研究

“転がりにくい鉛筆”の発明把握

 先のコラムで、“転がりにくい鉛筆”(断面を正六角形にすることにより、転がりにくくした技術)に関して、クレームの記載を話題にしました。クレームの記載に際しては、“転がりにくい鉛筆”技術を発明として把握することになります。発明の把握は、知財専門家の一番の腕の見せ所です。別の表現をすれば、発明の把握が知財専門家の腕を決めるということができます。

 把握すべき発明を特定するためには、世の中のために何をするかの「ネライ」と、そのネライをどのような技術的な考え方(ネライを達成するための「技術的考え方あるいは技術的手段」)によって成し遂げるのか、という二面を明らにすることが必要です。

 “転がりにくい鉛筆”の場合、「ネライ」は明らかに‘転がりにくくすること’にあるようです。しかし、‘転がり’には、いくつかの要素が関連します。たとえば、身近の車のタイヤの転がりを参考にします。タイヤは、路面に対し、ある接地面積をもって接します。その際、接地に伴う接地摩擦によって転がり抵抗を生じます。このような転がり抵抗は、タイヤの‘転がり’に大きな影響を与えます。タイヤの場合には、転がり抵抗を低減することが求められるでしょうが、鉛筆発明の場合には、転がり抵抗を大きくすることが求められるようです。

 そこで、“転がりにくい鉛筆”の「ネライ」を明らかにするため、大きくすべき‘転がり抵抗’について考えることになります。‘転がり抵抗’に関係する要素は複数あります。特定すべき「ネライ」は、それら複数の要素の何に着目するかによって異なってきます。‘転がり抵抗’は、第1には接地に伴う摩擦抵抗が関係するでしょうし、そのほか、転がりの邪魔になる障害物(凹凸)の存在も問題になります。これらの考えから、「ネライ」には、鉛筆自体の形態などを‘転がりにくくする’という第1のネライと、鉛筆に関連する鉛筆以外の物を活用することにより鉛筆を‘転がりにくくする’という第2のネライが出てきます。発明者による「六角形の鉛筆」は、第1のネライに直結します。

 知財専門家のある人は、第1のネライに絞って、第1のネライに伴う「達成すべき考え方あるいは手段」を明らかにする動きをします。その動きは、多く場合、第2のネライにまで考え及ばないことが出発点になっています。それに対し、別の知財専門家は、「ネライ」として第1のネライと第2のネライとを考え、そのもとに“転がりにくい鉛筆”の「ネライ」を定めます。技術的思想である発明は、本来的に、自らを区画する周囲の枠が雲のような存在です。雲のような外枠は、考える人により形や位置を変えます。第1のネライに絞る場合であっても、そのネライの中味は人により異なります。そのため、そのネライに伴う「達成すべき考え方あるいは手段」の広狭および深浅も人により変動します。

 ところで、‘転がり抵抗’に関する摩擦抵抗あるいは摩擦力Rは、R=μNの式で定まることを皆が知っていると思います。μは(静止)摩擦係数、Nは鉛筆の重みに伴う垂直抗力です。この式から、‘転がり抵抗’には、鉛筆材料や鉛筆の接する側の材料のほか、鉛筆自体の重さが関係することが分かります。勿論、鉛筆の接する面積が大きく関係します。いずれにしろ、中学や高校で学んだ知識に基づいて、“転がりにくい鉛筆”を検討することにより、第1のネライは当然のこと、第2のネライをも必然的にキャッチすることになります。

 この記載を進める中で、“転がりにくい鉛筆”において、発明者が着目した‘転がり抵抗’が、第1のネライに基づくものか、第2のネライに基づくものか、いずれなのか疑問を抱き続けています。正直なところ、鉛筆の転がり防止の面からすれば、第2のネライに関係する、転がりを邪魔するという考え方の方が妥当と思っています。ネライを明確に把握することにより、発明のもう一方の要素の「達成すべき考え方あるいは手段」は、必然的に内容が定まってきます。そうであるからこそ、「ネライ」については、「達成すべき考え方あるいは手段」以上に力を入れて検討することが求められます。

 今回のコラムは、技術的考え方である発明を把握する際には、発明を定める二要素の観点から論理的に把握することができることを紹介しました。発明の把握をブラッシュアップするための参考になることを願って。

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