知財実務研究

特許における明確性要件を考える

 特許における明確性要件(特許法36条6項2号)は、特許請求の範囲の記載が「特許を受けようとする発明が明確であること」に適合するものでなければならない、という要件です。ここで、特許を受けようとする発明は、特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載することによって特定します。したがって、その特許を受けようとする発明は、特定事項の一つにでも不明確な記載がある場合、特定事項の間の関係に不明確な記載がある場合、あるいは、記載された発明自体が不明確な場合などに、この明確性要件の不備を生じることになります。

 明確性要件を求める趣旨について、平成28年(行ケ)第10207号判決は、「仮に、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となり、第三者の利益が不当に害されることがあり得るので、そのような不都合な結果を防止することにある。そして、特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎にして、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。」と指摘しています。

 明確性要件、サポート要件、実施可能要件という3つの記載要件の中で、明確性要件は拒絶理由の割合が最も高い数値(たとえば、83.7%)を示します。その点は、「特許サポート要件に思う」(May 1, 2019)でも紹介しました。その数値の高さは、特許を受けようとする発明を明確に特定することの難しさを物語るものでもあります。知財の専門家は、その難しさを常に感じています。他方、「特許を受けようとする発明が明確であるか否か」は、判断する人にとっても難しく、人によって異なる判断結果を生みます。とすれば、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確な記載があるならば、少なくとも審査段階で、その不明確な記載が正されるべきです。そうでなければ、その後の段階で、不明確な記載に起因して誤った判断が生じる可能性があります。

 たとえば、良く知られた切り餅の特許発明(特許第4111382号)の構成要件中、「B 載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、」の構成要件の解釈について、原審と控訴審との間で理解の仕方が分かれました。原審では、「載置底面又は平坦上面」には切り込みを設けず、「側周表面」に切り込みを設けると解したのに対し、控訴審では、「載置底面又は平坦上面ではなく」の記載部分の直後に読点「、」がないことなどを理由にして、「載置底面又は平坦上面に切り込み」を設けることを除外する記載ではないと解しました。

 このような解釈の違いが生じる主因は、特許請求の範囲の記載に不確かな記載があることです。その不確かな記載が、一方では非侵害という判断を生み、他方では、それとは正反対の侵害の判断を生んでいるのです。この点、「不確かな記載」の恐ろしさを感じ、小生は、先に『切り餅特許事件に見る発明の怖さ』として、パテントVol.70 No.5上で論じました。今改めて、この切り餅事件を検討すると、この切り餅事件には、いくつものヒューマンエラーが連続的に発生していることを再確認することができます。ヒューマンエラーの第1は、不確かな記載を含む特許明細書などの作成の中にあり、また、ヒューマンエラーの第2は、特許庁における審査、審判における判断の中にあり、さらに、ヒューマンエラーの第3は、裁判所における判断の中にあること、を見出します。このようなヒューマンエラーを根絶することは、経験的にきわめて難しいことかも知れません。しかし、特許を受けようとする発明を明示、あるいは保護を求める事項を明示する請求の範囲と、その請求の範囲の記載を十分に裏付けあるいはサポートする明細書とを相互に十二分に参酌する姿勢と、読み解釈する人を思いやる心をもつ心構えとをもって、特許請求の範囲を作成するならば、また、請求の範囲と明細書とを相互に十二分に参酌する姿勢をもって、審査をするならば、上のような連続的なヒューマンエラーは、早い段階で断ち切ることができるのではないでしょうか。それによって、特許制度の信頼度は確実に高まる、と信じます。知財の専門家として、明確性要件に関係する不確かな記載をなくすため、読み人の立場を考慮しつつ、自らの表現力を高めることを肝に銘じたい、と思います。

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