知財実務研究

ゴルフボールの発明に思う

 次の図を見て、何かを連想しませんか。小生は、サポート要件が問題となった偏光フィルム事件(平成17年(行ケ)第10042号)を思い浮かべます。

 この図は、一部に色を付加していますが、第6533364号の特許掲載公報の図3です。この特許は、ゴルフボールに関する発明であり、飛ぶボールを求めた技術に関係します。ゴルフボールの表面には塗装層がありますが、その塗装層の表面粗さを特定するという発明です。Rzは表面の最大高さ、Raは算術平均粗さであり、この発明では、Rz≧Ra X 6.0 の関係を満たすようにしています。y=6Xという直線の上側の部分に、赤く染めた、この発明の実施例1~7があります。青く染めた4つの比較例の中の3つ(比較例1~3)は直線の下側の部分に位置し、一つ(比較例4)が、この発明の実施例1~7と同様に、直線の上側に位置しています。

 この発明のメインクレームを次に示します。

 このメインクレームの記載からすると、上のRz≧Ra X 6.0という特定の関係は、この発明の最大の条件あるいは要件である、と理解されます。しかし、4つの比較例の中の一つの比較例4が、その条件を充足します。それなのに、なぜ、この発明が特許査定を得たのだろう、という疑問が生まれました。そこで、その理由を考えてみました。

 実施例1~7における塗装層の厚さは18μmであるのに対し、比較例4のそれは4μmです。この発明は、表面の塗装層に、微細粒子を噴霧することにより、表面に粗さを生む技術です。とすれば、粗さを生む塗装層には、最低限の厚さが求められます。クレームにおける「5.0μm以上」という限定は、当業者にとって、当然の技術的事項ではないか、と考えざるを得ません。また、RaおよびRzに対する数値限定も一般的な事項と考えることができます。なぜなら、表面の塗装層に粗さを付与することにより、ゴルフボールの飛距離を増すという考え方、そしてまた、粗さをブラスト処理により得るという考え方は、出願の経過を見る限り、この特許の出願前から知られていたからです。

 そのような考え方を示す関連技術を二つほど次に示しましょう。それらは、いずれも、審査における引用例の一つです。

第1の関連技術:

第2の関連技術:

 最初に挙げたものは、塗装層の表面にブラスト処理により、小さな凹部7を得る技術です。ブラスト処理におけるエア圧力は、490kPa~785kPaと記されています。問題のこの発明におけるエア圧力は、1~10bar、つまり100kPa~1000kPaですから、両技術におけるエア圧力は、ともに同様の大きさのようです。すなわち、同じようなブラスト処理ですから、同じような小さな凹部が得られると理解されます。

 後に挙げたもう一つは、塗装層の表面にブラスト処理をすることにより、ディンプル11の内外に、より小さなマイクロディンプル12を得るという技術です。ディンプル数を実質的に増加させることにより、ゴルフボールの飛距離を上げるというものです。

 審査段階では、上の関連技術を含む引用例に基づいて、進歩性に難点があるとの判断がなされましたが、審判段階では、サポート要件、実施可能要件のキズを指摘され、それに応じて数値限定を加えることにより、特許を得ました。しかし、その判断は、上の説明から理解されるように、発明の本質を理解した上での判断、あるいは、発明が技術的思想であることに基づく判断といえるか、疑問が残るところです。もう一歩の踏み込みが不足する、このような判断が常態化すれば、特許制度の信頼性が低下するおそれがあります。明細書を作成する側だけでなく、審査する側の一考を求めたいところです。

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