知財実務研究

「流し台のシンク」の侵害事件から学ぶ

 昨日17日に日本弁理士会特許委員会による公開フォーラムがあり、小生も勇んで参加しました。この公開フォーラムは、特許委員会の一年間の活動報告を兼ねたものです。公開フォーラムは、特許委員会以外の日本弁理士会の会員に広く公にし、古代ローマにおけるフォーラムディスカッション、あるいは、公開討論会に相当すると理解することができます。しかし、昨日のそれは、特許委員会からの一方的な説明に終わってしまうという、話す側および聞く側の両方にとって少し残念な結果に終わりました。この知財の業界では、「ディスカッション」なくして、実務の進歩はありえません。

 いくつもの疑問が出た中、「流し台のシンク」の特許権侵害差止等請求事件が一番引っかかります。この事件は、特許第3169870号に基づく侵害訴追事件であり、原審では、イ号は技術的範囲に属さないとし、「非侵害」であったのに対し、控訴審では、逆転の「侵害」という判断がなされた事件です。特許委員会では、逆転判決を検討し、裁判所の判断傾向や留意事項を見出そうという考えのようです。この点、このような判決の検討を行うのは良いのですが、小生は、その結果に基づいて自らの考えを出していただきたいと考えます。なぜなら、他人が行った判断を単にフォローするだけでは、真の実務力向上を得ることができないからです。

 原審および控訴審の判断を検討するに先立ち、特許庁段階における流れに触れます。次のクレームが特許査定となったメインクレームであり、それに続く図が掲載特許公報の図4に対し、小生が色づきのメモを加えた図です。

 この流し台のシンクの特許発明には、次の二つの考え方があります。
(1)同一のプレート(黄色と茶色で示す調理プレート等)をシンクの深さ方向の二つの段部(上側段部8bと中側段部8n)に設けるという考え方
(2)段部におけるシンクの前後長さを同一にするため、上段から中断に向かう壁面8pを特定の傾斜にするという考え方

 出願の当初のメインクレームは、(1)の考え方のみであり、審査における拒絶理由の通知に応じて、(2)の考え方を付加的に限定しています。その際の引用例を次の図に示します。

 引用例である特開平7-204113号公報の図3には、シンク部に隣接した部分ではありますが、確かに(1)の考え方が示されているようです。そこで、特許出願人であった原告は、(2)の考え方、具体的には、壁面8pについて、「上段段部8bと中側段部8nとの間が、下方に向かうにつれて、奥方に向かって延びる傾斜面となっている」という限定を加えました。この限定事項の技術的意義について、明細書の中には、「(シンクの)内部空間を広くすることができ」、「清掃を容易」、「上側段部の前後の間隔と中側段部の前後の間隔とを容易にほぼ同一にすることができ(これは、出願当初の記載には見られないようです)」という、記載が見られます。

 さて、イ号製品を、シンクの後側だけの壁面ですが、次の図に示します。

 イ号製品には、上側段部および下側段部(中側段部)を含む二段構成の(1)の考え方があることは確かなようです。(2)の特定の傾斜の考え方については、各段部の近い位置に傾斜が見られます。

 以上の説明を前提として、原審および控訴審の判断を紹介しましょう。
 まず、原審では、「段部(リブ)の下面が傾斜したものにすぎず、奥方に向けて一定の広がりを有する空間を形成するような、ある程度の面積と傾斜角度を有する傾斜面であるということはできない」としつつ、イ号製品は、(2)の特定の傾斜の考え方をもたない、つまり、非侵害との判断です。
 それに対し、控訴審では、「後方側の壁面の形状について、上側段部と中側段部との間のすべての面が例外なく、下方に向かうにつれて、奥方に向かって延びる傾斜面で構成されている必要はなく、上側段部と中側段部との間の壁面の一部について、下方に向かうにつれて奥行方向に傾斜する斜面とすることによって、上側段部の前後の間隔と中側段部の前後の間隔とを容易に同一にするものを含むと解するのが相当である」とし、侵害の判断です。

 結論は別にしても(結果的に、損害額は1万8000円という少額でしたので)、このような原審および控訴審の判断の理由付けについて、知財専門家である弁理士として、大いなる不満があります。その不満は、両方の判断、つまり、原告、被告、ならびに原審、控訴審の裁判官の判断において、発明が思想であるという点からの見方、つまり、発明的な見方が少し弱いと考えるからです。この流し台のシンクの場合、深さ方向の二段の段部に同じプレートを配置可能にする考え方(1)が、出願前からすでに知られていたことを考慮すべきです。その公知のものでは、引用例の図に、赤で鎖線を引いたように、上側段部と中側段部とが、シンクの深さ方向にほぼ垂直の配置だったのです。その点、特許発明のものでは、シンクの深さ方向に見るとき、上側段部に対して中側段部はより後方に位置していることが分かります。すなわち、「下方に向かうにつれて、奥方に向かって延びる傾斜面となっている」という限定事項は、出願時点の技術を考慮するならば、上側段部と中側段部とは、シンクの深さ方向に一直線上に位置するのではなく、両者が前後に偏位していると解釈することができます。発明把握のその解釈手法によれば、上側段部と中側段部とがシンクの深さ方向に一直線上に位置するイ号製品は、それら上側段部と中側段部とが前後に偏位している、特許発明のシンクとは全く異なるという解釈が生まれます。

 流し台のシンク事件を見る限り、発明把握の考え方が今一歩活用されているならば、判断が分かれることがなかったのではないでしょうか。知財専門家たる者、以上に述べたような発明把握の考え方を磨くことにより、特許制度あるいは知財制度に対する世人からの信頼を得ることができると信じます。

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