知財実務研究

脇下汗吸収パッド事件に学ぶ

 「脇下汗吸収パッド事件」とは、登録新案第1957778号(実公平4-21774)に基づく損害賠償請求事件です(原審:東京地裁平成11年6月29日判決、平成8年(ワ)第5784号、控訴審:東京高裁平成11年12月16日判決、平成11年(ネ)第3800号)。なお、この事件について、たとえば、均等成立否定例(2)として、特許判例百選の第三版のp162‐163に紹介されています。

 その実用新案登録請求の範囲の第1項の記載は、次のとおりです(カッコを付けて、符号を入れ、また、アンダーライン、色付けをしてあります)。
【請求項1】 吸水・吸臭層と止水層とを備える袖添付け部と身頃添付け部(3)とを吸水・吸臭層を外面側とし止水層を内面側に対向させて重合し、両添付け部を彎曲連結部(4)で相互に連結し、袖添付け部と身頃添付け部の内面側に両面接着テープを取り付け、袖添付け部と身頃添付け部(3)の縁部を前記彎曲連結部より曲率の小さな3つの彎曲を連ねた縁形状としたことを特徴とする脇下汗吸収パッド(1)。

 併せて、登録新案第1957778号の第2図を示します。

 この発明を分かりやすく説明するため、上の第2図を少し加工した図を示します。

 今まで、この種のパッドの身頃添付け部(3)は、黄色で示すように三日月形状でした。そのため、明細書によれば、「袖繰りに層パッドの中央部では十分な汗の吸収面を確保することができるが、前端及び後端部に至るに従い吸収面積が急激に減少してしまい、脇の下全体に亘る吸収面の確保が困難であるという問題点」がある、とのことです。

 その点、この考案では、「デザイン上の美観」をも考慮し、三日月形状よりも突き出した3つの彎曲を連ねた構成にしたようです。事件における一番の争点は、クレームの表現「前記彎曲連結部より曲率の小さな3つの彎曲を連ねた縁形状」、特には、「曲率の小さな」の解釈です。
 原告サイドは、「曲率の小さな」は、「曲率半径の小さな」の明確な誤記であるとし、“曲率半径の小さな3つの彎曲”をもつイ号製品は、登録実用新案の技術的範囲に属すると主張しました。ここで、「曲率」は、曲線の曲がりの程度を示す用語であり、曲率が大きくなるほど湾曲が大きくなるのに対し、「曲率半径」は、曲率とは逆数の関係があり、曲率半径が大きくなるほど湾曲が緩やかになります。曲率と曲率半径とは、いわば、意味することが逆になる関係にあります。

 この事件から、特許実務家として、二つのことを学びます。
【第1の学び】
 クレームに用いる用語は、あくまで明確に。明確には、客観的な明確性を意味しますが、それ以外に、用語を用いるクレーム作成者が、「曲率」「曲率半径」の違いをはっきりと把握しつつ使用することです。この用語を含め、特定の用語の定義あるいは意味にすることに自信がないとき、クレーム作成者は、そのたびごとに辞書や事典を繙くべきではないでしょうか。そのような繙きが、別の考案・発明の把握を生み出すこともあります。なお、「曲率半径の小さな」に代えて、(彎曲連結部4との相対的なまがりの大小を言うのですから)『曲がりの大きな』という平易な表現を用いることもできます。

【第2の学び】
 それよりも考案・発明の把握に少し納得ができません。「吸収面の確保」として二次元的に考案を捉えていますが、『吸収能力の確保』として、二次元は勿論、厚さや材料を違えるなどの三次元的な捉え方も欲しかったなあ。また、「3つの彎曲」という「3」の限定の理由を見出すことができません。「3」以外の「5」や「7」あるいはその他の数を考えられるからです。ちなみに、ネット検索をしたところ、次のようなパッドを見出しました。

 パッド1と異なる点は、彎曲連絡部Cの両端よりも、(汗を吸収する)袖添付け部P1と身頃添付け部P2が両側に大きく側方に出っ張っていることです。この構成でも、汗の吸収を均等に行うことができそうです。また、P1とP2との面積に大小があることも気になります。
 この点から、考案・発明を把握するときには、個々の技術内容を理解することは勿論のこと、個々の要素の存在理由について、できるだけ追求すべきである、と再確認させられます。

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