知財実務研究

特許翻訳に思うこと

 特許は国際的であり、特許には翻訳が付き物です。特許実務家であれば、翻訳、つまりは特許翻訳について必然的に考えることがあるのではないでしょうか。小生も例外ではありません。普段から考えることが多く、だいぶ前には、特許翻訳について考える‐文系が考えること、理系が考えること‐というテーマのもとに、知人と小論をまとめたこともあります(パテント2001 Vol.64 No.9)。

 今回は、特許翻訳の教えの一つ、「パリ条約による優先権主張を伴う、パリルートの出願では、Mirror Translation(ミラー・トランスレーション)は必ずしも必要でないが、PCT国際出願の場合には、逐語訳のMirror Translationが必要である」ということを話題にしましょう。この教えは、今ではまさに誤った言い伝えとなりました。なぜなら、日本国特許庁の審査基準上、今では「逐語訳」という表現がなくなり、原文全体の記載のほか、その記載から自明な事項をも考慮することによって、原文の記載事項を判断するという取り扱いになったからです(たとえば、審査基準の第2章 外国語書面出願の審査の「原文新規事項」や「翻訳文新規事項」の各項参照)。この取り扱いは、補正に伴なういわゆるニューマターのそれと同様です。かつて、ある用語XYZが出願当初の明細書等に使用されていない限り、補正すべき表現の中にXYZという用語を含ませることができませんでした。XYZが当初明細書等の記載にないという理由の下に、そのXYZがニューマターと判断されていたからです。その後、当初明細書等にXYZという表現が見られないとしても、XYZという補正が認められるようになりました。当初明細書等の実際の記載内容のほか、その記載内容から自明な事項を含む記載内容の全体から見て、XYZが当初から記載されていると判断されるようになったからです。

 記載内容の全体から見て判断するという考え方は、特許翻訳に対する考え方として的を得ています。なぜなら、原文に対する翻訳表現は、翻訳者ごとに異なるのが通例だからです。すぐれた翻訳者であればあるほど、用語XYZが使われる全体の記載内容を考慮しながら、XYZおよびそれを含む事項に対するより適切な翻訳表現をすることになるからです。「木を見て森を見ず」ということわざがありますが、特許翻訳においては、『森を見ながら木を見る』という心構えが大切ではないでしょうか。その点、特許の対象である発明を考慮しつつ、その発明の各構成要素を把握することと共通しています。すぐれた特許技術者は、同じ構成要素が異なる発明の中で別の技術的意義をもつことを知っています。それと同様に、すぐれた特許翻訳者は、同じ用語XYZが特定の発明の中で特異な技術的意義を持つことを知っているはずです。

 そのような発明の観点、さらには特許の意義の点から考えると、前に述べた特許翻訳の教えは、『パリルートの出願においても、PCT国際出願の場合においても、原文との内容的な同一性を図りつつ、より分かりやすい表現を求めるべきである』というべきではないでしょうか。いずれの翻訳文にも読み手がいること、しかもまた、ニューマターは、いずれのケースにおいても同様に留意すべき事項であるからです。原文との内容的な同一性を図るという制限はありますが、特許翻訳にも、クレーム作成を含む一般の特許実務と同様に、読み手を考慮した創作の喜びを見出すことができる、と信じます。

 なお、以上をまとめるに際し、PCT46条やMPEP§608.01の内容について検討し、日本国や米国での翻訳の問題を考えました。

 

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